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大阪高等裁判所 平成4年(ラ)451号 決定 1993年4月15日

大阪市中央区谷町六丁目九番一八号

抗告人(債権者、以下「債権者」という)

株式会社村田商会

右代表者代表取締役

村田保春

右代理人弁護士

小西敏雄

大阪府東大阪市西岩田三丁目三番一三-九二三号

相手方(債務者、以下「債務者」という)

サンロジックこと

大西哲夫

右代理人弁護士

阪口春男

今川忠

森澤武雄

平野和宏

岩井泉

原戸稲男

主文

一  原決定を次のとおり変更する。

二  債務者は、別紙債務者設計図目録1ないし7記載の各設計図を複製してはならず、かつ、右各設計図を廃棄せよ。

三  債権者のその余の申立を却下する。

四  申立費用は、原審及び当審を通じこれを二分し、その一を債権者の負担とし、その余を債務者の負担とする。

理由

第一  申立

一  債権者

1  原決定を取り消す。

2  債務者は、別紙債務者製品目録一ないし三記載の各コンベヤベルトカバーを製造し、販売してはならない。

3  債務者は、別紙取付用部品目録1ないし14記載の各コンベヤベルトカバー取付用部品を製造し、販売してはならない。

4  債務者は別紙債務者設計図目録1ないし7記載の各設計図を複製してはならない(当審における新たな申立〔原審における原判決別紙債務者設計図目録1ないし7記載の各設計図の廃棄申立を当審において複製禁止申立に交換的に変更し、その後、その目的物に関し、原判決別紙債務者設計図目録1ないし7を前記目録1ないし7のとおりに追加的変更〕である。)。

5  債務者は前項記載の各設計図を廃棄せよ(当審における新たな申立〔前項に記載のとおり、債権者は原審において原判決別紙債務者設計図目録1ないし7記載の各設計図の廃棄申立をしていたが、これについては当審において複製禁止に交換的に変更したものであり、さらにその後、当審において本項の申立を新たに追加申立〕である。)。

二  債務者

1  本件抗告を却下する。

2  抗告費用は債権者の負担とする。

第二  事案の概要

本件は、もと債権者の従業員であった債務者が、退職後債権者と競業関係となる繊維強化プラスチック製コンベヤベルトカバーの製造販売の営業を始めたことに対し、債権者が、<1>不正競争防止法(平成二年法律第六六号による改正後のもの。以下においても同様であり、特に必要のない限り単に「不正競争防止法」という。)一条三項柱書、一号もしくは四号、同法附則一条、二条に基づく営業秘密に係る不正行為の差止請求権、<2>民法七〇九条に基づく差止請求権を、それぞれ被保全権利として、抗告の趣旨2、3項の申立(選択的申立)を、著作権法一一二条一、二項に基づく差止請求権を被保全権利として、同4、5項の申立をなすものである。

第三  判断

一  不正競争防止法に基づく差止請求権を被保全権利とする申立(抗告の趣旨2、3項)について

1  債権者は、平成二年八月二〇日債権者を退職した債務者が、

(一) 債権者の営業課長の職にあった平成二年五月ころから退職する平成二年八月二〇日までの間に秘密として管理されたる債権者のコンベヤベルトカバーに関する設計図、部品取付図面、得意先名簿、仕入先名簿をコピーしてこれらの営業秘密を取得し、

(二) 同じく債権者の営業課長の職にあった平成二年五月末ころ、債権者の下請先である田中化成工業こと田中逸夫に対し、債権者が注文者である如く装い、右田中をその旨誤信させ、田中をして秘密として管理されたる債権者のモールドを使用して金型MLCベルト巾六〇〇上下マスター二面、同一八〇〇上下マスター二面、同二〇〇〇上下マスター二面を作らせ、これらを同年七月三日債権者出入りの運送業者金田運送こと金田毅に依頼して金山化成工業所こと山崎茂工場内に運んで、さらに金山化成工業所でMLC上下モールド二面、MMCマスター二面を作らせ、債権者のコンベヤベルトカバーの生産方法に関する営業秘密を取得し、

(三) 同じく債権者の営業課長の職にあった同年七月一〇日、債権者の協力工場の株式会社三木製作所を介して丸普工業株式会社に対し、債権者が注文者である如く装い、右丸普工業をその旨誤信させ、丸普工業をして秘密として管理されたる債権者の金型を使用して、コンベヤベルトカバーの取付用部品であるUクリップ三九五〇個を製作させ、これを三木製作所を介して前記金山化成工業所に送らせて、債権者のコンベヤベルトカバーの部品生産方法に関する営業秘密を取得し、

右退職後に、右(一)のとおり取得した債権者のコンベヤベルトカバーに関する設計図、部品取付図面、得意先名簿、仕入先名簿の営業秘密を使用して、債権者の得意先などに営業活動を開始し、それらから注文を取得するや、平成三年七月六日以降新川レジン工業株式会社において右(二)、(三)記載の営業秘密を使用して債権者製品と同一の債務者製品を製造し、これを債権者の得意先に現在に至るまで販売している旨主張する。

2  しかし、不正競争防止法一条三項の「営業秘密」としての保護を受けるには、それが「秘密トシテ管理セラルル」ものであることを要するところ、前記(一)の債権者のコンベヤベルトカバーに関する設計図、部品取付図面に関しては、本件全疎明によるもこれを疎明するに足りない。即ち、債権者は、これら図面は、鍵のかかる図面専用保管庫に納入され、鍵は村田社長と熊本専務が保管し、保管庫にアクセスできる者は右村田社長、谷出技術部長と債務者の三名だけであり、しかも保管庫には「社外秘」「担当者外取扱厳禁」の貼り紙をし、図面のコピーは、保管庫にアクセスできる三名が社長(不在のときは専務)から鍵を借りて行い、顧客から要求のあった部数を承認図面として提出し、返却された図面は所定の場所に保管するようになっていたし、ミスコピーに関しては細かく破って廃棄されていた等主張し、これに沿う疎明資料(甲五、五五、五六、七五、一〇二、一〇八の1~5、一〇九、一一三、一二四、一二五、検甲四〇、四一、五五~六二)を提出するが、これに対する債務者の反論及びその提出の疎明資料(乙三、一五、一七、二二)とを対比すると、債権者主張のような厳格な管理が債務者在職当時からなされていたとはにわかに認めがたく、他にこれを疎明するに足る資料はない。また、設計図面に関しては、債権者も自認するとおり、承認図面として、顧客の求めに応じた部数が提出(これを提出しなければ商談にならない)され、その一部は返却されるものの、残部は、製品チェック等のためそのまま顧客のもとに保管されており、債権者は、これに対する守秘義務を顧客に課すようなことはしていない(債権者は、取引基本契約書の条項〔甲一〇四の二九条、甲一二七の一七条〕によって、顧客に対しても代理店に対しても債権者図面の守秘義務が課せられているかのように主張するが、右各条項は、契約上知り得た相手方の営業秘密について双方にその秘密保持義務を課した一般約定に過ぎず、右承認図面を特に右各約定によって保護される営業秘密にあたるものとして、厳格な管理義務を相手方に課したことについての疎明はない〔甲一二四は債権者が代理店ないし顧客と締結した取引基本契約書ではないからこの点を疎明するものではないし、他にこれを疎明する資料もない。〕。)のであって、その点からも「秘密トシテ管理セラルル」とは認めがたいというほかない。

また、前記(二)、(三)のモールド、マスター、金型等の成形型に関しても、「秘密トシテ管理セラルル」との要件についての疎明がない。即ち、債権者は、これら成形型については、製造させた業者に保管させており、これによりこれらの型の秘密性は保たれていると主張するのであるが、第三者に保管させただけではこれが秘密管理されているとは認められないことはもとよりであって、問題は、その管理を委ねられた第三者に対し、債権者が秘密として管理するよう指示していたのかどうか、また、具体的にその第三者において秘密としての管理を行っていたのかどうかであるにかかわらず、債権者は、前記のとおり、単に成形型を製造した業者にこれを保管させているというのみで、その業者のもとにおいて秘密管理がなされてきたかどうかについては何ら具体的な疎明がない。

なお、前記(一)のうち、得意先名簿、仕入先名簿に関しては、これが営業秘密と一応認められる(甲五六、八二、八七)としても、平成二年法律第六六号による改正後の不正競争防止法の施行(平成三年六月一五日)後に債務者がこれを不正に開示したこと(同法附則二条一号)については、その主張も疎明もない。

3  以上によれば、債権者の不正競争防止法(一条三項柱書、一号もしくは四号、同法附則一条、二条)に基づく抗告の趣旨2、3項の差止申立は、その余について判断するまでもなく被保全権利の疎明を欠くことが明らかであり、理由がない。

二  民法七〇九条に基づく差止請求権を被保全権利とする申立(抗告の趣旨2、3項)について

債権者は、民法七〇九条に基づく差止請求権を被保全権利として、抗告の趣旨2、3項のとおりのコンベヤベルトカバー及び同取付用部品の製造、販売の差止を求める。しかし、民法は、不法行為責任の効果として損害賠償請求権の発生することを認めるにとどまり、差止請求権の発生はこれを認めていないのであって、仮に債務者の行為が民法七〇九条の不法行為に該当すると認められたとしても、債権者としては損害賠償を求め得るにとどまり、その行為の差止を求めることはできないものである。従って、民法七〇九条に基づきその行為の差止を求め得るとの前提にたって、これを被保全権利としてその差止を求める債権者の主張はそれ自体失当というほかないから、不法行為責任の成否について判断するまでもなく、債権者の民法七〇九条に基づく差止申立(抗告の趣旨2、3項)は理由がない。

三  著作権法に基づく差止請求権を被保全権利とする申立(抗告の趣旨4、5項)について

1  別紙債権者設計図目録1ないし7記載の各設計図の著作物性について

疎明資料(甲八~一六の各1、三〇・三三の各1、三九・四〇の各1~4、五五、五七、五八、六〇、六一~六八の各1、八一、八四、九四・九五の各1、一一四、一一五、一一九、一二八)及び審尋の全趣旨を総合すると、別紙債権者設計図目録1ないし7記載のコンベヤベルトカバー、サイドカバー及びこれらの取付用部品の設計図は、いずれも債権者がそのコンベヤベルトカバー、サイドカバー及びこれらの取付用部品の製造販売を開始するに際し、債権者の発意に基づき、債権者の設計業務担当者において、その長年にわたる職務上の感覚、経験と技術的知見を駆使して独自に製作したもので、機械工学上の技術的思想を表現する面を有し、かつ、その表現内容(その形状及び寸法)には創作性のあることが一応認められる。そうすると、右債権者の各設計図は、著作権法一〇条一項六号にいう図形の著作物に該当し、債権者はその著作者であり、同時に著作権者というべきである。

2  別紙債務者設計図目録1ないし7記載の各設計図について

(一) 疎明資料(甲六、八~一六の各1・2、三〇・三三の各1・2、四〇の1~4、五五、五七~六〇、六一~六八の各1・2、七二、七四、八一、八四、八九の1・2、九〇、九三、九四・九五の各1・2、九六、九七、九九、一〇〇、一一〇、一一四、一一五、一一九、一二〇、一二三、一二五、一二六、一二八)及び審尋の全趣旨を総合すると、債務者は、別紙債務者設計図目録1ないし7記載のコンベヤベルトカバー、サイドカバー及びこれらの取付用部品の設計図を有していること、このうち同目録1、2及び4ないし7記載の設計図は、債務者が債権者に在職中にコピーしておいた、別紙債権者設計図と債務者設計図の対比表に各対応する別紙債権者設計図目録1、2及び4ないし7記載の債権者設計図に依拠して債権者に無断で作成したものであること、これにより作成された債務者設計図は、債権者設計図とはまったく同一ではないが、ごく一部の形状と寸法が異なっているだけで、その相違点は表現全体の中では、いずれも極めて微細な部分にとどまり、原図と異なる設計思想が表現されてはいないこと、別紙債務者設計図目録3記載のサイドカバーの設計図に関しても、前記各設計図とほぼ同様であると推認できることが一応認められる。

(二) 右事実によれば、別紙債務者設計図目録1ないし7記載の各設計図は、別紙債権者設計図目録1ないし7記載の債権者設計図とはまったく同一ではなく、一部の修正はあるが、原著作物である債権者設計図の同一性を変ずるものとは認められず、債務者の右各設計図作成行為は、債権者の右各設計図を複製したものというべく、別紙債権者設計図目録1ないし7記載の債権者設計図につき債権者の有する著作権(複製権)を侵害するものである。

3  審尋の全趣旨によれば、債務者は、顧客との取引を進めるにあたり別紙債務者設計図目録1ないし7記載の各設計図のコピーを作成して顧客に交付していること及び今後も債務者がその営業継続のため右各設計図のコピーを作成して顧客に交付する行為を継続するであろうことは明らかであると一応認められるところ、前記のとおり別紙債務者設計図目録1ないし7記載の各設計図は、原著作物である別紙債権者設計図目録1ないし7記載の債権者設計図と同一性を有するものであるから、そのコピーの作成行為は、債権者の右各設計図についての著作権を侵害する複製行為にほかならない。従って、右コピーの作成行為を現に継続し、今後もこれを継続することが明らかに予想される債務者に対し、著作権者である債権者は、著作権法一一二条一、二項に基づき、別紙債務者設計図目録1ないし7記載の各設計図の複製禁止及びその廃棄を求める権利を有するものと認められ、また、その権利の実行につき本案判決を待っていては、競業する債権者の営業に著しい損害を生ずることも明らかである。

4  そうすると、著作権法一一二条一、二項に基づき、別紙債務者設計図目録1ないし7記載の各設計図の複製禁止及びその廃棄を求める抗告の趣旨4、5項の申立は理由がある。

第四  結論

以上のとおり、債権者の本件仮処分申立は、著作権法一一二条一、二項に基づき、別紙債務者設計図目録1ないし7記載の各設計図の複製禁止及びその廃棄を求める抗告の趣旨4、5項の当審における新たな申立は理由があるが、その余の抗告の趣旨2、3項の申立はいずれも理由がない。

よって、原決定を変更して、当審における抗告の趣旨4、5項の申立はこれを認容し、その余の申立はこれを却下することとし、債権者に別紙担保目録記載の担保を立てさせたうえ、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 潮久郎 裁判官 山崎果 裁判官 上田昭典)

債務者製品目録

一 商品名 SKC型コンベヤベルトカバー

形状 別紙SKC型コンベヤカバー図面No.1・2記載のとおり

寸法 別紙1記載のとおり

二 商品名 SSC型コンベヤベルトカバー

形状 別紙SSC型コンベヤカバー図面記載のとおり

寸法 別紙2記載のとおり

三 商品名 サイドカバー

形状 別紙サイドカバー図面記載のとおり

寸法 別紙3記載のとおり

以上

債権者設計図目録

1 債権者製造販売のMLC型コンベヤベルトカバーの各設計図面(図番及び作成日付は別紙「債権者設計図と債務者設計図の対比表」の債権者欄番号1ないし27記載のとおり)

2 債権者製造販売のMMC型コンベヤベルトカバーの各設計図面(図番及び作成日付は前同表の債権者欄番号28ないし54記載のとおり)

3 債権者製造販売のサイドカバーの各設計図面

4 債権者製造販売のアングルの設計図面(図番及び作成日付は前同表の債権者欄番号55記載のとおり)

5 債権者製造販売のブラケットの設計図面(図番及び作成日付は前同表の債権者欄番号56記載のとおり)

6 債権者製造販売のUクリップの設計図面(図番及び作成日付は前同表の債権者欄番号57記載のとおり)

7 債権者製造販売のUクリップ用チェイン付ストップピンの設計図面(図番及び作成日付は前同表の債権者欄番号58記載のとおり)

以上

債務者設計図目録

1 債務者製造販売のSKC型コンベヤベルトカバーの各設計図面(図番及び作成日付は別紙「債権者設計図と債務者設計図の対比表」の債務者欄番号1ないし27記載のとおり)

2 債務者製造販売のSSC型コンベヤベルトカバーの各設計図面(図番及び作成日付は前同表の債務者欄番号28ないし54記載のとおり)

3 債務者製造販売の別紙債務者製品目録三記載のサイドカバーの各設計図面

4 債務者製造販売のアングルの設計図面(図番及び作成日付は前同表の債務者欄番号55記載のとおり)

5 債務者製造販売のブラケットの設計図面(図番及び作成日付は前同表の債務者欄番号56記載のとおり)

6 債務者製造販売のUクリップの設計図面(図番及び作成日付は前同表の債務者欄番号57記載のとおり)

7 債務者製造販売のUクリップ用チェイン付ストップピンの設計図面(図番及び作成日付は前同表の債務者欄番号58記載のとおり)

以上

取付用部品目録

1 ブラケット

2 ヒンジ用ピン

3 アングル

4 Uクリップ

5 Uクリップ用ストップピン

6 Uクリップ用チェイン付ストップピン

7 ボルト式クリップ

8 フック

9 パイプフック

10 ハンドル

11 ハンドルフック

12 下部フック

13 丁ナット付押えボルト

14 点検窓用丁番

以上

債権者設計図と債務者設計図の対比表

<省略>

サイドカバー

<省略>

<省略>

<省略>

別紙1

SKC型コンベヤカバー 単位mm

<省略>

別紙2

SSC型コンベヤカバー 単位mm

<省略>

別紙3

サイドカバー 単位mm

<省略>

全高は、特注品があり、この場合、表の中間仕様(例 H=980mm-98011)リプの高さは変更可能である

担保目録

債権者が平成五年四月一二日株式会社大阪銀行(堂島支店)との間に金一〇〇〇万円を限度とする支払保証委託契約を締結する方法による担保

以上

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